
差別とは世界中で許されない問題として考えられており、あまり表立って話すトピックではありません。根深い人種間の問題を抱えるアメリカでは非常にデリケートな話題ですが、ここドイツでも第二次世界大戦時の大きな過ちから、差別は一切許されない問題として捉えられています。みんな頭では差別はいけないと理解していますが、残念ながら今だに差別に起因する事件が起きています。ドイツでの差別の問題について少し解説をしていきたいと思います。
ドイツで直面する差別の問題
過去の記事では黄禍論に触れて近代の差別の歴史的な部分に触れています。現代では黄禍論というキーワード自体聞かなくなり、こう言った言葉は歴史や新聞で何かしらの機会に登場するだけとなっています。
しかしドイツは第二次世界大戦の中心となります。アドルフ・ヒトラー率いるナチスドイツはユダヤ人を迫害・弾圧する一方でアーリア人という新しい民族アイデンティティを打ち立て、金髪、青い目、長身、やせ型でゲルマン民族こそがアーリア人だと喧伝していきました。ナチスドイツはこうしたユダヤ人差別とゲルマン民族優遇政策を推し進めてユダヤ人の虐殺・ホロコーストという悲劇を生み出してしまったのでした。

少しだけ話を歴史に脱線させると、ナチスドイツは元々ドイツ国民から指示を受けて独裁制を敷いたわけではありませんでした。ドイツ近現代史の研究者・石田勇治東京大学大学院教授は重要なポイントを指摘しています。
国民の大多数がナチズムに熱狂していたと思われがちですが、ヒトラー首相就任直前の国会選挙でのナチ党の得票率は33.1%。投票率が80%なので、ナチ党に投票した有権者は26%に過ぎません。ヒトラー政権は少数派政権で、これを支えたのはやはり大統領緊急令でした
引用:ナチ独裁への入り口となった「大統領緊急令」と「緊急事態条項」の共通性。政権が自由に法律を作り、国民の基本権は停止される?!― 石田 勇治さんに聞く
引用元でも指摘されていますが、当時のドイツにおけるユダヤ人人口は僅か1%で多数派優遇策に社会・経済政策を行っていて、多くのドイツ人は積極的にナチスドイツと独裁制を支持していたというより、国民の多くは自分が痛まないからナチスドイツにやりたいようにさせていたら、独裁制まで一気に進んだという側面もあります。
話を戻しますが、宮城学院女子大学の山岸喜久治教授の言葉を借りると第二次世界大戦の大きな過ちを反省したドイツは「ワイマール憲法の大統領制と直接民主制を拒否し、代表(議会)制民主主義を採用し〜中略〜、ワイマール期の憲法破壊に対する反省から、憲法保障ないし憲法忠誠の制度が設けられている。」とし、政治的には独裁制を予防する政策が取られ、一方で社会的には差別やヘイトスピーチを禁止しています。
日本は2016年に「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」、いわゆるヘイトスピーチ規制法、ヘイトスピーチ対策法、ヘイトスピーチ解消法、成立しましたが、ドイツは差別と扇動がナチスドイツの台頭に繋がったという歴史的経緯もあって、日本よりはるかに早い1960年の時点でドイツ刑法典130条「民衆扇動罪」として制定されています。
公の平和を乱し得るような態様で、
1 国民の一部に対する憎悪をかき立て若しくはこれに対する暴力的若しくは恣意的な措置を求めた者、又は
2 国民の一部を冒涜し、悪意で侮辱し若しくはこれを中傷することにより、他の者の人間の尊厳を侵害した者に対して3月以上5年以下の自由刑に処する。
引用:ドイツにおけるヘイトスピーチ対策
ヨーロッパ人がする無意識の差別
ここまで差別についてドイツの近現代史的文脈を使って説明していきました。上記を読んでいただければドイツで差別はあったが、戦後は差別のみならずヘイトスピーチまでもかなり早い段階で違法として強い態度で望んでいます。しかし実際ドイツで差別が無いかと言われると、残念ながらドイツでも差別的な人と会うことがあります。
過去の記事でも紹介していますが、日本人だからという理由で特別ターゲットにされることはほとんど聞きませんが、外国人嫌いの国民はどこの国にもいる様で、差別的な扱いをされたという話は周りでもちらほら出てきます。
僕の知り合いが週末の夜、家に帰っているときに酔っ払っていた中年の男性にドイツ語で差別的なことを叫ばれたことがあります。他のある日本人の友達はお店で買物をしに雑貨屋さんに行ったとき、店員は白人のお客さんにはフレンドリーに話していたのに友達には非常に冷たい対応をされたと憤っていました。
ここで挙げた例は分かりやすい体験ですが、実はこうした目に見える差別意外にも目に見えない差別もあります。特にドイツ人も無意識の内にしている差別や偏見、いわゆる「アンコンシャス・バイアス」は多くの日本人がドイツで体験しているようです。アンコンシャス・バイアスは日本語に直すと「無意識の偏見」という意味で、雑誌ローリングスートンでは「若者は頭が柔らかい」とか「女性は細やかな気遣いができる」など」本人の自覚や悪気が無いと指摘しており、問題に気づきにくいという特徴があります。
他に似たようなものに「潜在的カリキュラム」と呼ばれるものがあります。教育困難校における劣等感の染み付いた生徒や、反対に有名進学校のエリート意識の強い生徒というように、ある特定の学校の校風や制度などは、常に明文化されているわけではありませんが、「潜在的な力」によって無意識に教育されていることがあります。
引用:無意識の差別や偏見「アンコンシャス・バイアス」について考える
例えば、ドイツ人からするとシンガポール人、韓国人や日本人などアジア人は数学の得意な人たちというイメージを持っています。ドイツの大学に交換留学で来た日本人で、交換留学先の大学で数学系の科目を取らなければいけなかった学生が「数学は苦手で単位を取れなさそう」とドイツ人に話をしたところ何人ものドイツ人に「アジア人のくせに数学ができないのか」とバカにされた経験があります。
もう一つの例に、道を歩いているときに酔っ払ったドイツ人やヨーロッパ人の子供から「チン・チョン・パン」とか言われることが度々あり、これは年単位でヨーロッパに住んでいる多くの日本人が経験します。これは過去の記事で紹介した子供たちから「ニーハオ」とか言われることと同レベルですが、彼らからするとアジア人=中国人という偏見があり、適当に中国語の様な言葉を投げかけられることがあります。
ドイツ人の中には「中国人だと思ったから中国語の挨拶をしただけだ、(予想では中国人だから)中国語で挨拶をして何が悪いんだ。」と悪びれなかったり擁護する人さえいます。こうなると言われる側は見下された様な差別を受けた気分になりとても不愉快ですが、向こうは差別とすら考えていない経験を受けます。
日本人含む外国人の名前は面接に呼ばれづらい
今まで日常生活で受けるアンコンシャス・バイアスについてお伝えしましたが、残念ながらこう言った無意識の偏見は就職活動でもぶつかる壁です。ドイツで就活するために日本人が企業にCVを送っても面接に呼ばれることは多くありません。これはCVにある名前や写真が関係している可能性があります。ヨーロッパでよく聞く話ですが、キャリアなど全く同じCVに自国民の名前を付けた場合とイスラム教徒系の名前だとイスラム教徒系の名前の方が返事がもらえない可能性が高いことがあります。
残念ながらこう言った差別はヨーロッパ各国で見られます。イギリスの公共放送BBCもこの問題を指摘しています。
British citizens from ethnic minority backgrounds have to send, on average, 60% more job applications to get a positive response from employers compared to their white counterparts, according to researchers at Nuffield College’s Centre for Social Investigation (CSI).
訳:ナフィールド・カレッジの社会調査センター(CSI)の研究者によると、少数民族出身の英国人が雇用主から肯定的な回答を得るためには、白人と比較して平均で60%多く求職票を送らなければならないことが明らかになった。
EUでは年齢や人種、性別や宗教の差別を禁止しており、CVには年齢や写真を載せる義務はありません。EUには歴史的に様々な移民が住んでおり、ドイツにも海外に家族のルーツがあるドイツ人がたくさん住んでいるのです。
ドイツ連邦統計局によると、2018年末の時点で、この国には2080万人の「移民的背景を持つ市民」が住んでいた。移民的背景を持つ市民とは、外国人および帰化した外国人、あるいはドイツに住む外国人の親から生まれたが、18歳になった時にドイツ国籍を選択した「外国系ドイツ人」のことだ。つまりドイツの人口の25.5%。ほぼ4人に1人は外国人か外国系ドイツ人なのである。
応募者の写真や年齢がCVにない場合、企業の人事は応募者の名前や高校、大学の名前に卒業年度を確認して応募者がドイツ人(自国民)なのか、それとも移民や外国人なのかを推測します。そうすると人事担当者はバックグラウンドが似ているであろうドイツ系の名前を優先して面接に呼ぶということが起こります。なのでどんなに応募者に優れたスキルがあろうと、日本人が現地企業に面接呼ばれる段階で既にハードルが大きく上がってしまい、特にドイツの中小企業への就職は非常に困難になります。
ロマ系(ジプシー)の問題
最後に一点、これは日本人ではないが闇の深い問題でロマ系に対する差別があげられます。日本にはロマ系の人は全く見かけませんが、ドイツに限らずヨーロッパではロマ系の移民がたくさんいます。ロマ系の人たちは昔エジプトから来たと考えられており「Egyptian」が変化して「Gypsy」となったと言われています。実際にはインドから来たと考えられており、現在「ジプシー」という単語は差別用語と捉えられますので使わない方がいいでしょう。

非常に根深い問題ですが、ロマ系の人たちは教育を重視しない人たちがいたり、一方でドイツ人の中にはロマ系の人を「物乞いやスリをよく働く人」と言った強い偏見を持っている人も少なくありません。ある日本人はショッピングモールに入っているレストランで働いているときにロマ系の人が来ると、ドイツ人の上司から「あいつらが来たから食べ物や備品を盗まれない様に特に注意してくれ」と声をかけられたことがあります。
こう言ったあからさまに偏見を持っているドイツ人は「私は今まで差別的な事件を見かけたことがないし、ゼロとは言わないまでもドイツに差別は全然無いんじゃない?」と考える人もいるのです。そう言ったドイツ人に「ロマ系の人たちへはどうなの?」と聞くと「彼らは実際に盗みをするから別だ」と返事をしていたことを覚えています。
ある日、大学の教授と話す機会があり国際結婚の話題になったとき「もし子供がイギリス人と結婚するならドイツ人の親は何も言わないだろう、だけどもし子供がロマ系の人と結婚するとなった場合、嫌がる親はいる。」と冷たい現状を話していました。

新卒で出版会社に働くが、2年で体調を壊し退職。以後30歳近くまで職を転々とし、終いには地元のブラック卸売り企業で年収300万円残業100時間生活を送る。31歳の誕生日直前にドイツにワーホリで渡航。現在フランクフルト在住。